歴史ifシリーズ 「もし第四の改革を成功させたら徳川幕府滅亡を回避できる」

「歴史ifシリーズ」と題して、歴史上の「if(もしも)」を検証します!

歴史は「if(もしも)」の連続です。
1度の「もしも」で全ての事象がひっくり返る程の威力があります。

「歴史ifシリーズ」では、歴史上の「if(もしも)」を切り取り妄想します。
今回は「徳川幕府滅亡」についての歴史ifです。

江戸時代は1603年から1868年まで250年以上存続しました。
初代将軍徳川家康から15代将軍徳川慶喜まで続きます。

今回の歴史ifでは、「徳川家の滅亡」を救います。

徳川将軍家についてはこちらを
徳川将軍家15人を一覧にまとめる

もし第四の改革を成功させたら徳川幕府滅亡を回避できる

歴史ifの概要

if設定:江戸三大改革超えの第四の改革を発動する
if目標:徳川家の滅亡を回避して幕府続行

設定として13将軍徳川家定の治世からスタートです。
今回は家定が超有能設定で政治に積極的なスタンスという条件を設けます。
→家定の寿命は無視

徳川家定が覚醒して、徳川幕府の滅亡を防ぎます。
「第四の改革で徳川幕府滅亡を回避する」という説を妄想します。

勿論、if設定なので、当時の情勢とはかけ離れています。
そこはフィクションとしてお楽しみください。

まずは、徳川幕府の250年の歴史を振り返ります。

MEMO
徳川家の功績
幕府滅亡の原因を振り返える

江戸幕府を支えた3人の将軍

江戸幕府が250年以上続いた要因は名君と呼ばれる存在が大きいです。
15人にいる君主の内、特に3人の将軍には特筆した実力がありました。

初代徳川家康、3代目徳川家光、8代目徳川吉宗。
この3人の将軍が江戸幕府の存続の鍵を握っていました。

徳川家康

家康は偉大なる江戸幕府の創始者です。
将軍継嗣の盤石を創り、新時代を築きます。

幕府に対する功績は豊臣家の滅亡です。
後年に火種となりそうな戦力を完膚なきまで壊滅させます。

内戦を日本から無くし、平和な世をもたらした名君です。

家康は没後、日光東照宮に祀られ、神格化されました。

徳川家光

家光は江戸幕府の方向性を決め、長期政権へ導いた天才です。
将軍が直接情報を収集し、自ら政治体制を決定していきました。

日本の独立主権を確立するために鎖国を強行します。
参勤交代制度も完成させ、幕府と諸藩の主従関係を強めました。

圧倒的な徳川の武で諸藩の力を削いでいきました。
家光のカリスマ性が江戸幕府においては、ずば抜けています。

政治能力(取り巻きを含めて)は抜群です。

徳川吉宗

吉宗は江戸時代中期を支えた将軍です。
「質素倹約」という大義名分を掲げ、飢饉、不況から立て直しを図ります。

吉宗治世下では、世の情勢は芳しくありません。
このまま放っておけば、江戸幕府は滅亡の一途を辿ったでしょう。

吉宗の立て直しには一定の評価が与えられるべきです。

江戸時代の3大改革

江戸幕府には有名な3大改革があります。

●江戸の3大改革
享保の改革(徳川吉宗)
寛政の改革(松平定信)
天保の改革(水野忠邦)

この3大改革は正直、吉宗以外は微妙です。
というのも寛政の改革、天保の改革は吉宗の改革の焼き直しです。

江戸時代の改革は「自由放任による風紀の乱れ→風紀の引き締め、重税」がワンセットです。
詳細は異なりますが、中身は一緒です。

享保の改革

享保の改革は徳川吉宗の治世下で吉宗自ら陣頭指揮を執りました。

今でいう税制改革を行います。
新たな農地改革を行い年貢を増やします。

諸藩には倹約令を発令し財政の見直しを指令します。

一方、文化面では洋食の翻訳を解禁する新たな技術、知識の向上を促しました。

寛政の改革

寛政の改革は11代目徳川家斉の治世下で松平定信が実施します。

家斉、知性下は自由奔放が特徴でした。
田沼意次による商業特化政策を引き締める役割を担いました。

農村の食糧対策と治安の維持が改革のメインです。
人口増加によって飢饉と治安悪化に悩まされた江戸の世を引き締めます。

天保の改革

天保の改革は12代目徳川家慶の治世下で水野忠邦が実施します。

家斉の晩年は風紀の乱れが激しく幕政は沈みます。
物価、治安、税金を厳しく取り締まります。

上知令という幕府の直轄領を増やす政策などはかなり強権的に政策を進めました。
天保の改革は幕閣からの支持が薄く頓挫しました。

江戸幕府滅亡の原因

江戸幕府滅亡の原因は幾つか存在します。

  • 幕藩体制の弱体化
  • 諸外国の圧力
  • 革新勢力の台頭
  • 経済の停滞

諸要因が絡み合い、時代の転換点として江戸幕府は滅びました。

江戸幕府存続のために滅亡要因を整理する必要があります。
ここでは幕府滅亡の要因をざっくり振り返ります。

幕藩体制の崩壊

幕藩体制とは

江戸時代は武家社会です。
江戸幕府(徳川将軍家)を武家の頂点とするピラミッド社会です。

将軍家を諸藩が支える体制を「幕藩体制」と呼びます。
幕藩体制は江戸幕府からのトップダウン型の組織です。

「如何に諸藩(外様大名)に力を持たせないか」というのが肝心な要素です。

薩長土肥

幕藩体制を崩壊させた代表的な4つの藩が薩長土肥です。
薩摩、長州、土佐、佐賀(肥前)藩が討幕運動を起こします。

薩摩と長州という犬猿の仲が手を組み幕藩体制を揺るがしました。
結果的に外様大名と呼ばれるピラミッドの下位に位置する藩が新政府を創設します。

島津(薩摩)、毛利(長州)と関ヶ原で西軍に与した勢力が徳川家を滅ぼします

外国との通商

1853年浦賀にアメリカの艦船が到来します。
→ペリー来航(黒船来航)

外国との通商が幕政に大きな大ダメージを与えます。
ペリー来航からが幕末としての1つの時代と定義されます。

幕府にはアメリカ以外にもイギリス、フランス、オランダ、ロシアと各国が通商を求めて使節団を送られてきます。

これまで250年間幕府は鎖国をしていました。
そのため、開国に積極姿勢を取れません。

結果的に、一方的な不平等条約を結ばされて局面は悪化します。
諸外国が諸藩と貿易を始めると幕政が悪化し、経済の混乱をもたらします。

攘夷or開国

幕府は攘夷or開国で揺れます。

尊王攘夷派は、外国と戦争に乗り出すべきと血気盛んでした。
攘夷派は外国嫌いの当時の朝廷を利用します。

一方で、朝廷と幕府が強調する公武合体派も形成されます。
公武合体派は、諸外国と通商を結ぼうとし、幕府の生き残る道を残そうと画策します。

革新勢力の台頭

諸外国だけではなく、幕末期には討幕を企てようと革新勢力が現れます。
討幕、公武合体という幕府以外の力が名前が挙がります。

朝廷内部の攘夷強行論者、岩倉具視
薩長同盟の生みの親、坂本龍馬と中岡慎太郎
武力闘争の塊で討幕勢力、高杉晋作

 

経済の悪化

江戸幕府は農業中心に幕政を運営します。
一方で、市場では商業中心の時代へ転換し始めました。

貨幣経済が部分的に進行し、幕府は経済を管理することが出来ません。
結果、多くの農民は年貢の徴収と貨幣での生活維持に困窮します。

農民(地方)の困窮が幕府の弱体化に繋がりました。

商業主義

江戸幕府中期における最大の失策は商業主義に転換出来なかったことです。
田沼意次の登場で商業中心の政策が取られますが中途半端で打ち切られてしまいます。

その結果、改革と銘を打ち農業政策を始めます。
結果、強権的に農民から貢納の徴収、管理に介入します。

農業中心から脱却出来ませんでした。

ifその1 時代背景と設定

徳川家定を超有能にする

今回の歴史ifでは徳川家定をピックアップします。

家定の時期にペリーが来航し、通商を求められます。
動乱のこの時代に家定は歴史の表舞台に全く登場しません。

将軍の存在が無視され政治は動きます。
「江戸幕府滅亡の戦犯が徳川家定である」という節もあります。

今回は家定を超有能にして、江戸幕府の危機を救います。

幕閣の対立

この頃の幕閣は大きな派閥争いが起きます。
井伊直弼の紀州藩と一橋派を名乗る水戸藩が対立します。

紀州藩と水戸藩は共に徳川御三家と呼ばれる身内勢力です。
身内が勢力争いを繰り広げる中、着々と討幕の砂時計は流れ始めます。

設定としては家定が超有能なのでこの対立は一蹴です。
派閥を作る者を江戸から追放し全国から有能な人材を登用します。

「御三家、御三卿など格式で今の政治は動かない」と家定が名言を放ちました(妄想)。

将軍の強権を復活することが江戸幕府存続の鍵です。
家定の一極集中を求める動きを活性化させます。

それでは、江戸幕府存続の道を探りましょう。

ifその2 幕藩体制の復活

弱体化した幕藩体制

この頃は徳川将軍家の権威が地に落ち始めています。
将軍はまともに表舞台に姿を現さず、その取り巻きが政治を動かします。

そのため、江戸幕府最大の鍵である幕藩体制も弱体化しています。
幕藩体制の強化が早急に必要です。

まず手始めに、親藩の制度を変革します。

親藩の国替え

親藩は「尾張藩、紀州藩、水戸藩」の三藩です。
この親藩は他の親藩に比べ強大な力を持ちます。

親藩を全国に均等に配置して、それぞれの親藩に地方の藩を統治させます。

江戸では将軍家の一極集中で、地方は親藩に委ねます。

参勤交代での江戸謁見も地方親藩に変えます。

地方親藩にそれぞれ強大な権力を渡します。
そして、その親藩を束ねるのが江戸の将軍家です。

親藩には格式などはなく横一線の扱いです。

江戸

関東一円は将軍管轄領です。
関東、北信越、その他指定した藩が江戸の管轄です。

江戸の他にも将軍家の直轄領を全国、所々に配置します。
要所となる場所に将軍家の直轄領を設けます。

外交の本部を設置し、港も解放します。

福岡藩

九州地方を束ねる福岡藩です。
新たに創設する親藩です。

福岡徳川藩は諸外国の窓口として積極的に貿易活動をしてもらいます。
薩摩藩、長州藩に睨みを利かす立ち位置です。

京都藩

紀州藩を京都へ移転させます。
九州以外の西日本を管轄に入れます。

京都藩の役割は朝廷との関係調整です。
将来的な公武合体への関係を整えていきます。

長州藩、土佐藩が管轄内にあります。
しっかりと締め付けを行います。

尾張藩

中部、北信越を管轄する三河藩。
唯一、国替えをせず尾張徳川藩の直系です。

西と東の中継拠点です。
インフラ整備をして、アウトバーン的なものを創りたいです。

仙台藩

会津若松藩の権力を増大させます。
東日本を管轄し広大な支配領域を誇ります。

幕府寄りなのでテコ入れはなくても大丈夫でしょう。

ifその3 諸外国との通商

開国一択

超有能、徳川家定の前には派閥争いもクソもありません。
幕府は鎖国方針から開国へと転じます。

植民地化されないためにも不平等条約には屈しません。
アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダと巧みなバランスで外交をすることにより植民地支配から逃れます。

そのためにも基本的には全ての国と通商を活発にします。

文化開放はしますが、言論統制は行います。

留学生を大量派遣

欧州列強と渡り合うには彼らの先進的な技術を獲得する必要があります。
親藩に留学生を集い、何千単位で留学生を輩出します。

攘夷思想を抱くものから外国へ送り、欧米カブレにします。
明治政府が文明開化を成し遂げられたのだから江戸幕府にも可能です。

ifその4 経済政策

貨幣経済の導入

年貢米の徴収を金納にします。
貨幣経済を導入し、農民の困窮緩和に務めます。

士農工商も解消し、税制度を一律導入します。
武士を最小人数にし、軍役制度を導入。

古びた階級社会をなくします。
武士をごく少数の特権階級にして、軍事国家を築きます。

留学生が最新の政治手法を学ぶまでは、将軍家主導の武闘派集団を結成します。

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