絶対的守護神、岩瀬仁紀引退!偉業を振り返る

2018年シーズンはドラゴンズにとって寂しいシーズンになりました。
中日黄金期を支えた選手が続々引退していきます。

岩瀬選手荒木選手浅尾選手などのレジェンドが次々とグラウンドを去ります。
今回は、岩瀬選手の偉業を振り返ります。

史上最高のクローザー

不倒の大記録

岩瀬選手は球史を代表するクローザーです。
クローザーとしての実績はナンバー1でしょう。

誰もが「今後破られることはないだろう」と語る記録をいくつも打ち立ています。
日本プロ野球における最多登板および通算セーブ数記録保持者です。

歴代最高の1002試合登板。
407セーブという大記録
を打ち立てています。

驚くべきは岩瀬選手は大卒、社会人を経ての入団です。
強靭な肉体と鋼のメンタルがこの記録を支えていました。

セットアッパーから守護神として

岩瀬選手はルーキーイヤーの1999年から2013年まで50試合登板を達成しています。

2004年までは最優秀中継ぎを3回受賞。
2005年には抑えに転向後、5回の最多セーブ賞を受賞しています。

その他、連続シーズン記録で数多くNPB記録を保有しています。

名実ともに説明不要のレジェンド選手です。
クローザーの大切さを改めて、実感させた選手です。

落合前監督は「岩瀬を中心にチームを作った」と言わせるほどの選手です。

岩瀬のプレースタイル

死神の鎌

岩瀬選手はクローザーとして、球速が速くありません。
最速は149㎞/hです。
球速インフレが進むクローザー界でも異質の道を進んできました。

岩瀬選手最大の武器は「死神の鎌」と称されるスライダーです。
右打者の膝元をえぐるキレのあるスライダーが生命線です。

入団当初はスライダーとストレートの勢いで打者を圧倒していきます。

後年は技巧派

キャリア後年になると、コントロールに磨きをかけます。
スピートやキレの衰えをコントロールで補うというマイナーチェンジに成功します。

松井雅捕手曰く「投手の中で、別格のコントロール」と称しています。

また、シーズンオフ毎に、変化球の習得に挑みます。

ナックル、シュート、カット、変化の異なるスライダーなど
キャンプ毎に、貪欲に新球種開発に取り組みます。

このような姿勢が、長年活躍するコツなのでしょう。

責任感の塊

クローザーは、「先発の勝ちを握る」という重責があります。
岩瀬選手は、人一倍、先発の勝ちを意識する選手でした。

9回を抑えると、喜びより、安堵が勝るという程、責任感のある選手です。
この魂は、同時期にブルペンを支えた浅尾選手などに深く影響を与えています。

クローザーとして、絶対的条件である責任感を長年に渡り背負いました。
相当なメンタルの持ち主でもあります。

岩瀬選手の人柄

死神

岩瀬選手は、一部のファンから「死神」と呼ばれます。
これは畏敬の念を込めて、使われる呼称です。

由来は、「試合を終わらせるアウトを狩る」という役割。
13という背番号がタロットカードで死神を意味することから繋がっています。

まさに、相手チームからしたら試合を終わらせる死神に映ったことでしょう。
実際に、全盛期の岩瀬選手が登場すると、「今日は勝ったか」と安堵しました。

また、伝家の宝刀であるスライダーは、「死神の鎌」と呼ばれます。
→野球漫画ばりにかっこいいです。

The 中日の選手

ドラゴンズの選手は基本的に地味です。
野球以外では、華やかさに欠けます。

その代表格が岩瀬選手です。
チャラつくことなく、真摯に野球に取り組む姿勢はファンとして、応援したくなります。

岩瀬選手のような地味で、真面目な選手が中日の強さの秘訣かもしれません。

結論

間違いなく、球界を代表するクローザー。
ミスタードラゴンズの1人です。

地元ゆかりの選手なので、今後もドラゴンズに携わって欲しいですね。

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